« サボる。 | メイン | 今日は冷たい雨 »

2012/05/12

コメント

フィード コメントフィードを購読すればディスカッションを追いかけることができます。

Pauline

Now I know who the brnaiy one is, I'll keep looking for your posts.

ホシノ

潤子さん、こんばんは
先日紹介させて頂いたテレビドラマ「岸辺のアルバム」に制作・大山勝美と出てきますが、
佐怒賀三夫著「向田邦子のかくれんぼ」はすでにお読みになられたと思います。
その137頁に「向田邦子賞」のいきさつが次のように書かれています。
【~「向田賞」というからには、向田家の了解が必要で、その役をすすんで引き受けて
くれたのは、「ナショナル劇場」など向田脚本と最も縁の深かった
TBSプロデューサー、大山勝美だった。~】

隠れた才能を見つけ、育てて世に送り出すプロデューサーって大切ですよね。
たとえば、「赤い鳥」をプロとしてプロデュースした村井邦彦さんのように。
著者は 『ラストミッション--―プロデュース わが愛する城』 の章で向田さんが芥川賞作家・
野呂邦暢著「落城記」をテレビドラマとしてプロデュースした顛末についてふれていますね。
野呂氏が単行本の出版直後に(1980年5月)42歳で急逝したこと。
「わが愛する城」と改題された3時間スペシャル・ドラマの完成二ヶ月前(1981年8月)に
あとを追うように向田さんが(51歳で)不帰の客となったことなど。

二人は「落城記」の滅びの美学に魅入られてしまったのでしょうか?
読後、向田さんのエッセイはどんなテイストなのか知りたくなりました。
リアルタイムで知らない「赤い鳥」や、かって観た山田太一、向田邦子、倉本聰のドラマが
むしょうに懐かしく感じたのは年令のせいでしょうか(笑。
「向田邦子のかくれんぼ」、いい本でしたね。

Kei

潤子さん、今晩は。
ピスが虹の橋を渡って1ヶ月が経ちました。
息子が寂しさに耐え切れずに猫が我が家に来ました。
もう生き物は飼わないはずでしたが・・・
アビシニアンというめちゃくちゃ美人の猫です。
2012.02.02生まれです。
寿命は長く生きて12年です。
また、辛い別れが来るかも知れませんが、家族が増えました。
幸運という名前をある方がつけたらと言われましたが、息子がオーナーですから・・・
さて、どんな名前になるやら・・・
もう少しギターで例の曲を練習して寝る事にします。
Kei

ホシノ

>「岸辺の散策路」って書かれた木で出来た朽ちかけている立て札はなかなか情緒が~

潤子さん、こんばんは
朽ちかけている立て札を目にされたということは、ご自宅から丸子橋を越えて
ガス橋あたりまで2時間以上歩かれたのでしょうか。
帰路は東急多摩川線を利用して。
そうであれば、何時か土・日に川崎市側の河川敷にある例の茶店までいかがでしょうか。
2時間もあれば行けるし、総武線・小田急線の「登戸駅」は至近距離です。
小田急なら「成城学園前」から小田急バスで「二子玉」もしくは
「千歳舟橋」から東急バスで「瀬田営業所」でご帰宅。
鉄橋の下から望む二子の街は素敵ですよ。

>街の中で生きているスズメやツバメの数がまた元のように増えますように!
土曜日に「岸辺の散策路」を歩いて気がついたのですが、スズメが少ないですね。
正確に云えばスズメの集団。 子供の頃に多摩川で雀の学校↓をよく見かけたのに。
http://www.youtube.com/watch?v=WgFIne7uDH8&feature=related
時季的なこともあるのでしょうか、今はムクドリ↓が幅をきかせています。
http://www.youtube.com/watch?v=dKJpgr-JbtY
ブルーインパルスも顔負けの一糸乱れぬ見事なフォーメーション!

こうちゃん

いつもお側に居て当たり前だったのにお寂しいことです。とても幸せだったことでしょう。そう想いました。昨日から、すずめのこどもが 空に飛べずに庭でうろうろ、屋根の上では、おかあちゃんすずめが、やかましく鳴いていました。どうなったんだろう。

ムーンママ

ラッキーお星さまになってしまったんですね。お仕事でお家をあけられることの多い潤子さんにちゃんと抱かれて逝ったなんて、親孝行でしたね。ラッキーのお写真本当に可愛いかった。山本家の家族になれて、間違いなく幸せでしたね。今日は母の日、ラッキーが潤子さんに「お母さんありがとう」って言うのが聞こえます。ラッキー、さようなら。

ルーラーテツ

潤子さん、ラッキーは虹の橋を渡ってしまったんですね。僕は、以前、潤子さんがブログで紹介された、ラッキーのソファーでの寝姿の画像をケータイの待ち受け画面にしています。かわいくて、とても癒されました。さようなら、ラッキー。

ホシノ

>「岸辺の散策路」って書かれた木で出来た朽ちかけている立て札はなかなか
情緒がありますよね。

同感です。 たぶん、このような↓感じでしたね。
http://dog-walk.net/img/DSCF6373s.jpg
潤子さんの写真にもあった武蔵小杉の高層ビル群を背景に朽ちかけている立て札。
真っ直ぐなビルと下流に首をかしげている標識に時の流れを感じます。
何度も濁流に洗われ耐えてきたのでのしょうか。 僕はこの立て札を見掛けて、
若い時に観たテレビドラマ【岸辺のアルバム(1977.6.24 - 9.30)】↓を思い出します。
http://www.youtube.com/watch?v=mRUH0rqkTOA

映像に出てくる小田急の鉄橋と津久井街道の陸橋の中間にある茶店によく行きますよ。
その茶店は家屋が流された狛江市ではなく、対岸の川崎市にあり休日には、
ボートを楽しむ風景が今でも見られることはご存知のことと思います。
昨日、「岸辺の散策路」を訪ね、あの流された家はこの辺に漂着したのかと思ったりして。
で、いつか休日にでも自転車で30分もかからないその茶店に行ってみてください。
バラックですが、懐かしい風景ですよ。
まぁ、「サイクリングを始めました!」 なんていうことは期待してはいませんが。

MIWA

潤子さんご家族の愛をたくさん感じて幸せな人生だったと思います。ラッキーのご冥福を心からお祈りしています。合掌

ネイバー

潤子さん、僕にも一人暮らしを始めた二十歳のころから13年間生活を共にした猫がおりました。
仕事に出ている間は外に出していましたが、僕がバイクで帰宅中、アパートに近づいてくると何処からともなく走ってきて玄関の前でお出迎えしてくれる何ともカワイイ猫でした。
亡くなって14年経ちますが、今も店の厨房に在りし日の写真を飾っています。

ジャコちゃん

潤子さん こんばんは~ 私もテリー、ジョン、ミーコと見送ってきました。みんな家族として最後まで一緒に生きてくれました。ラッキーも山本家の家族として幸せな一生でしたね。合掌

luna

ラッキーちゃん、安らかに眠って下さい。
21年間、一緒に暮らしていたのですから、潤子さんたちも寂しいですよね。別れがいつか来るのがわかっていても、やっぱり寂しい。

ウォーキング便り、楽しく読んでいます。「藪の中に毒蛇もそりゃいるでしょう。そういう生き物もいてくれないと困ります。」賛成!
(ある会話)「あなた、毒もっているでしょ?」「Yes, I have.」

潤子さん、元気出して下さい。ゆっくりと。

小田さん

ラッキー長生きしてくれましたね。幸せって みんなが元気でいる平凡な日が続くことですね。
しばらく淋しいですが、いつまでも忘れないであげてください。

ホシノ

潤子さん、愛猫ラッキーが天寿を全うされた由、心中深くお察し申しあげます。
我が家の先代の柴犬「マル」は4年前に老衰でカミサンの膝の上で逝きました。
「あなた、マルが逝きましたよ」
「マル、ありがとうね~」と頭を撫ぜながら何度も繰り返すカミサンの声に新聞を読むふり
をしている僕はもう涙が溢れて来て、そばに行けませんでした(笑。
カミサンは涙こそみせませんでしたが。
冷蔵庫の扉に思い出の写真を貼ってあります。

>街の中で生きているスズメやツバメの数がまた元のように増えますように!
「釣りは鮒に始まって鮒に終わる」 と釣り好きの父がよく言っておりました。
「バードウオッチングはスズメに始まってスズメに終わる」 が僕の信条です。
「最後の晩餐」ならぬ「最後のバードウオッチング」が許されるなら、
僕はきっとスズメを選ぶでしょうね。

あんずの花

こんばんは。

ラッキー 潤子さんの腕の中で幸せだったでしょうね。
うちのサスケ(猫♂4才)もいつかはその日が来るのはわかっているけれど…、
でもその時は潤子さんのように「ありがとう」と言いたいと思います。

ラッキー!
天国からいつまでも山本家を見守っていてね!

しゅうせい

そうですね、かわいがってた動物を亡くすと本当に寂しいから。
嫁と管理していた猫達は十数匹いましたが、猫エイズのせいでたった一匹に。その後ノラが一匹増えて現在二匹です。
ところで五年半前の年末、生存率が極めて低い劇症肝炎の方の為、せめてもの慰みにと六甲山中で壮大なオマジナイをし事があって、それが終わった後で夥しい数の猪があっちこっちから出て来ました。次の年が猪年だったので「こりゃ縁起が良い」と、彼らと共に意気揚々と下山。その姿があまりに異様だったのでしょう、登って来られたハイカーの方達が悲鳴をあげて逃げてしまい…いや、気の毒な事をしましたが、自分は思うのです。動物って、我々が思う以上に我々の事を解ってくれているのではないかと。その時もオマジナイが終わるまで一切邪魔はしませんでしたから。そして、その方は助かったのです。
ラッキー、大往生でしたね。タマ共々、星になりました。
合掌。

Kei

潤子さん、今晩は。
ラッキーもたまと同じように、潤子さんの腕のなかで・・・
さぞや、ラッキーも幸せだったと思いますよ!
うちのピス(アライグマではありません)は6才と9ヶ月で娘の腕のなかで死にました。
娘は未だにペット・ロスで苦しんでいます。
お城に吉宗という猫がいます。
寂しくなったら会えます。
もう、我が家では生き物を飼わないことにしました。
犬の花子とフェレットのピスで十分です。
さあ、ギターを弾いてダイエットしよう!
Blackbirdが駄目な場合に備えて代替曲も選んだのでまたBlackbirdを頑張れます。
Kei

yumi

ペットが去って行くのは本当に寂しいものですね。我が家でも14歳母犬シェルティーが亡くなって1ヶ月13歳娘シェルティーが亡くなった時は本当に寂しかった・・・。ペットとはいえ家族同様ですものね。潤子さん最後にそばにいることができて良かったですね。

おとと

タマちゃん、ラッキーちゃん長生きでしたね。潤子さんの腕の中で安心して天国に行ったと思います。 うちの犬も10歳を超えましたのでもう老犬です。

この記事へのコメントは終了しました。

山本潤子オフィシャル・サイトへのリンク

アルバム「音楽に恋してる」井川恭一

2015年1 月

        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31